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毛無山・湯之奥金山遺跡(中山金山・内山金山・茅小屋金山)トレッキング紀行  このエントリをはてなブックマークに登録 

[ 2010年12月30日 | No Comment | 0 Trackbackk ]


始めに・・・今回のコースは特に登りに関しては全くのオリジナルのコースです。仕事の関係で約4ヶ月半にわたって毛無山の西側を歩き回ってその地形を熟知していたので今回のルートで登ることが出来ました。なのでこの山行記を参考にしての毛無山登山はお勧めできません。特に登りは複雑なコースを通り、沢を渡ったり崖のような所を登ったりします。ガイド無しで登るのはほぼ不可能です。また、この山域には熊がいます。実際に調査中も2度目撃されているので熊対策は必至です。なお、安全のために今回の山行記は意図的にコースを飛ばして紹介しています。ご了承下さい。


次に、湯之奥金山に関して簡単に説明しますと、湯之奥金山とは山梨県の身延町にある毛無山の西側にある中山金山遺跡、内山金山遺跡、茅小屋(かやごや)金山遺跡の3つの金山の総称です。大体、戦国時代の最後の100年と江戸時代の始めの100年、つまり約200年間にわたり金の採掘が行われていました。「信玄の隠し金山」とも呼ばれていますが、前述の通り200年間も採掘されていたので信玄だけがその恩恵に預かっていたわけではないですね。。。

この湯之奥金山は日本の他の金山に比べて比較的初期の頃に採掘が行われていたようです。そのために歴史的、学術的に価値が高く、中山金山に関しては国の史跡に指定されています。また挽き臼に関してもこの地域独自の「湯之奥型挽き臼」と呼ばれている供給口が中心からずれている臼も多数出土しています。

もっと、この湯之奥金山に関して知りたい人は身延町のJR身延線「下部温泉駅」から歩いて5分ほどの所にある「甲斐黄金村・湯之奥金山博物館」に行くことをお勧めします。佐渡の金山にもありましたが、砂金取りの体験が出来ますよ・・・。
博物館のホームページはこちらです → http://www.town.minobu.lg.jp/local_minobu/kinzan/


今回の山行では毛無山に登るにあたり、せっかくなので毛無山の西に広がる湯之奥の3つの金山を1日で回ろうと考えました。中山金山遺跡は通常の身延町の下部温泉の奥から登るコースで通るので難易度はそれほど高くなく問題ないです。次に茅小屋金山遺跡に関しても年に何度か湯之奥金山博物館が見学ツアーを行っているのでコチラも比較的簡単に行くことが出来ます。しかし、内山金山遺跡に関しては通常行くことはおろか、その場所を知っている人もかなり限られてきます。また、その採鉱域に関しては場所を知っている人も少なく、実際に行ったことのある人は僅か10人程度しかいないと思われます。通常の登山道はもとよりバリエーションルートからも大きく離れているこの内山金山遺跡に関しては、運良く夏からの約4ヶ月半にわたり調査・測量の為に行くことが出来、その全貌を調査するために毛無山の西側を広範囲にわたり歩き倒しました。そのおかげで毛無山山頂へのルートを確認することが出来ました。前述もしましたが、内山金山遺跡へ行くには危険な箇所が多く、ルートも複雑です。尾根ひとつ間違えればとんでもないことにもなりかねません。間違った沢に降りれば身動き出来なくなってしまうかもしれません。それでもこのコースにこだわったのは、毎日のように毛無山の山腹まで行っていながら山頂に立てて無かったので(仕事なので当たり前ですが・・・)いつか、このコース(内山金山遺跡コース)で登りたいと思うようになったからです。それでも、始めはもっと危険度の高いコースから登ろうと考えていましたが、調査が進むうちに安全なコース(比較的安全というだけで、通常の登山道に比べるとはるかに危険ですが・・・)を見つけることが出来ました。結果「これなら、やれる!」と思い、思い切って挑戦してみました。

今回は通常の山行記の他に調査・測量中の事も書きたいと思いますが、学術的なことや、現時点で触れられないような事は書きません、というか書けませんのでご了承下さい。

最後に・・・遺跡中にある遺物は持って帰るのはもちろん、動かすことも禁止されています。みなさんがマナーを守って「湯之奥金山」に興味を持っていただけたら幸いです。

山行データ

2010年12月26日(日)
コース (スタート)湯之奥猪之頭林道ゲート前~茅小屋金山遺跡~内山金山遺跡~毛無山~地蔵峠~中山金山遺跡~湯之奥猪之頭林道ゲート前(ゴール)
山名 毛無山(1,945.5m) 累積標高 (+)1,874
歩行距離 18.936km 所用時間 6時間56分

山行記

ゲートの前に車を停めました
【08時14分】

下部温泉から湯之奥村を通りさらに登ってゲートの前に車を停めました。本来はこの季節はゲートは閉じてしまっているようですが、さらに上で工事を行なっているいるためにまだ開いていました。工事は広河原よりずっと手前で行っています。数台ならば工事箇所の手前の路肩に停められそうですが、工事車両の邪魔になるかもしれないのでここに停めました。

少し下ります
【08時15分】

少し下ります。

入り口の手前には湯之奥金山の解説板があります
【08時23分】

すると、右側に砂防ダムの工事のための道が見えてきます。

入り口の手前には湯之奥金山の解説板があります。

湯の奥金山(茅小屋金山・内山金山)
【08時24分】

以下参照。

湯の奥金山(茅小屋金山・内山金山)

毛無山の山腹には甲斐武将武田信玄の採掘した金鉱の道跡がある、これを湯の奥金山と云う。

天文年間(一五一〇年頃)より採掘が行われ、天明年間(一七八〇年頃)閉山になっている。湯の奥金山は中山、茅小屋、内山の三ヶ所の金坑に分かれて居りこの入ノ沢に沿って約三十分程登ると茅小屋金山に達する。

これら、金山跡には、宮屋敷・寺屋敷・集落跡と、数々の遺跡当時の人々墓地などあり往時を物語って居る。更にこの湯の奥、猪の頭林道を約二.五キロメートル程登って行き広河原より山腹に入ると中山金山の遺蹟があり毛無山の山頂に達する。又、この沢においては明治時代後期まで砂金の採集が行われていたのである。

昭和六十一年三月

下部町商工会村おこし事業
基本的に関係者以外立ち入り禁止
【08時24分】

少し下ったところから見ています。右上に行くと今回車を停めた場所に行きます。ここを直進するように入っていきますが、基本的に関係者以外立ち入り禁止です。無理に入ったとしても砂防ダムの工事の為にそこより上に行けない可能性もあるので要注意です。私の場合はちょっとした顔見知りになっているので声を掛ければ通してもらえるかもしれませんが、この日は工事はお休みでした。

工事道を進みます
【08時26分】

入ノ沢を左手に見て、しばらく工事道を進みます。

内山の大ガレ
【08時28分】

正面に「内山の大ガレ」が見えます。

所々道が凍っていました
【08時29分】

所々道が凍っていました。慎重に歩きます。

岐です
【08時30分】

分岐です。舗装道路は直進してますが、ここを左に入ります。当初は直進していましたが、この少し上流で危険な丸太橋を渡らなくてはならないので、ルートを変えました。

砂防ダムの工事現場
【08時33分】

砂防ダムの工事現場です。初期の頃から見ていたので砂防ダムの構造とどのように作られていくのかが良く分かりました。

砂防ダムを横から見たところ
【08時34分】

砂防ダムを横から見たところです。ブロック状にコンクリートを流しこんでいっています。

ここからが本格的な山道になります
【08時36分】

さぁ、ここからが本格的な山道になります。

炭焼き釜
【08時38分】

山道に入ってすぐに右側に釜跡(恐らく炭焼き釜)があります。

左側の崖をよじ登ります
【08時43分】

しばらく行くと沢沿いに出ます。夏場までは水量も少なかったので、沢の中の石を伝って上流部に出ましたが、今は左側の崖をよじ登ります。

再びよじ登る
【08時44分】

上でよじ登った崖を一度下り、再びよじ登る。

岩小屋
【08時48分】

写真では分かりづらいですが、沢沿いの大岩の下に石をブロック状に積み重ねて作った小屋のような所があります。実はこれは遺跡でも何でもなく10月位に一人の男性が一週間ほど住み着いていました。話を聞くと、都会の喧騒を離れたかったらしい。ですが、かなりの大雨が降った日もあったので大変だったようです。世の中には色々な人がいるもんですね・・・。

石積みがあります。こっちは遺跡だと思います
【08時49分】

道の脇にはりっぱな石積みがあります。こっちは遺跡だと思います。

変わった形の石
【08時52分】

途中にはなにやら変わった形の石が・・・。あきらかに人に手が加わっています。

この辺りはすでに茅小屋金山遺跡に入っています。

9月の21日にかなり大きな崩落があった
【08時54分】

当初はこのまま直進していましたが、9月の21日にかなり大きな崩落があったために通れなくなっています。高さは200メートル以上で幅が20~30メートル位の規模で山腹が崩れました。

いつもならば、崩れた時間はまだこの付近を歩いているのですが、この日に限ってハイペースで登っていたために崩落があった時はかなり上に登っていました。そこでも地響きのような音は聞こえてきて、そちらの方向を見ると木々が大きく揺れ、土埃が上がったのが見えました。

崩落現場の下を回りこむように進みます
【08時54分】

少し戻って崩落現場の下を回りこむように進みます。

崩落現場の突端には石塔群
【08時55分】

丁度、崩落現場の突端には石塔群があります。

郷土の歴史的貴重な文化遺跡
【08時55分】

「ここは、郷土の歴史的貴重な文化遺跡ですから皆んなで大切に保存しましょう 下部町」

なんて書いてありますが・・・

不思議なパワー
【08時56分】

この石塔群のすぐ上で大きな岩が木に引っかかって止まっています。偶然なのか? 何かの力が働いてここで止まったのかは定かではありませんが、不思議なパワーを感じずにはいられません。

この後、倒木をまたぐ時に誤ってカメラ(RICHO GX100)を落としてしまいました。厚く枯葉の堆積した所に落ちたので、たいしたことは無いだろうと思っていたら、レンズを出したままだったのでレンズが曲がってしまい、収納出来なくなってしまいました。当然そのままでは撮影できないのでダメもとで力任せにレンズをグイッと元に戻したら「パキッ!」という音と共に元に戻りました。とりあえず撮影が出来るようになったけど、光軸はズレてしまったかもしれません。一度オーバーホールに出さなくちゃいけないかな・・・?

折れた石塔
【08時59分】

少し進むと途中で折れた石塔もあります。

太い木もポッキリ折れています
【09時00分】

崩落箇所を反対側から見ています。太い木もポッキリ折れています。崩落した直後は木の匂いが辺りに立ち込めていました。

いつもの休憩場所
【09時04分】

さらに進むといつもの休憩場所です。遺跡的に言うとBテラスです。

宮屋敷
【09時05分】

Bテラスの少し上にAテラスがあります。ここは以前に鈴が見つかったことから「宮屋敷」と呼ばれています。

宮屋敷
【09時05分】

宮屋敷跡の平坦地です。

宮屋敷跡
【09時05分】

「宮屋敷跡」

山の神
【09時06分】

山の神もあります。

この「宮屋敷跡」が茅小屋金山遺跡の最上流部になります。

内山金山遺跡に向かいます
【09時09分】

茅小屋金山遺跡を後にして、次は内山金山遺跡に向かいます。ここまではハイキングでしたが、ここからは登山、それもかなりキツイ登山になります。

まず、沢を渡りますが、水量が増えると渡れなくなる恐れがあるので要注意です。

ひたすら登ります
【09時11分】

沢を渡ると小さい尾根に取り付き、ひたすら登ります。

水場
【09時13分】

途中で、我々が「水場」と呼んでいた湧き水があります。飲料に適しているかどうかは分かりませんが、とりあえず我々は大丈夫だったです。

水平の道
【09時18分】

いくつかの尾根を登ると、ほぼ水平の道に出ます。ここは恐らく採掘していた当時のものだと思われます。

石積み
【09時22分】

道の谷側にはしっかりとした石積みがあります。

ここもひたすら登ります
【09時24分】

水平の道を進むと、尾根がいくつにも伸びた場所に出ます。ここもひたすら登ります。

行き止まり
【09時32分】

やがて、行き止まりになりますが、そこもよじ登って・・・

再び沢を渡ります
【09時33分】

・・・再び沢を渡ります。

夏場にはこの沢はありませんでした。どうやらこの沢は夏場は渇水して地中を通っていて、水量が増える秋から春にかけては地上に出て沢となるようです。

内山の大ガレ
【09時35分】

沢を渡るとすぐに「内山の大ガレ」の下の突端に出ます。ここから見上げても大ガレの全体を見ることは出来ません。

ここも、仕事の時は休憩ポイントになっていました。夏場は下の干上がった沢で休んでいましたが、沢に水が出始めたらこのガレの上に移動してきました。さらに陽が短くなるに連れて、陽の光を求めて休憩ポイントはどんどん上に上がって行きました。日陰はものすごく寒いんです・・・(>_<)

ガレを登って尾根に取り付きます
【09時42分】

ガレを登って尾根に取り付きますが、ここらへんの尾根にはたくさんのピンクテープがあります。基本的にはルートの意味ですが、当初通っていたルート、下山用のルート、あまり意味の無いルート、誰が通ったかは分からないルート、、、など色々なテープがあるので正しいルートを通らなければ地獄を見ます。実際に私も調査や興味で色々なルートを歩きましたが、かなり怖い思いもしました。

細い尾根
【09時56分】

途中で思いっきり細い尾根を通ります。幅が50センチくらいしかなく、両側は切れ落ちています。どちら側に落ちても大怪我、または死が待っています。

遺跡の道
【09時57分】

細い尾根を登り切ると「遺跡の道」または「林道」と呼ばれる水平な道にポンッと出ます。ここは文字通り採掘が行われていた当時の道です。初めて来た時はハッキリ言ってビックリしました。こんな深い山の中に人工的なそれも、かなりちゃんとした道があるのですから・・・。

僅か数メートル先で大きく崩れて先に進めなくなってしまいます
【09時57分】

この遺跡の道を左に行くと、僅か数メートル先で大きく崩れて先に進めなくなってしまいます。当時はもっと先まで続いていたはずです。

一度この道の先が見たくて下から大きく回りこんで崩れの先に行ってみたことがありました。道は続いていましたが再び大きな崩れで道が途切れていました。その先はまだ行っていません。

遺跡の道を右に進みます
【09時57分】

遺跡の道を右に進みます。こっちは比較的ちゃんと残っていますが・・・

大きな崩れ
【09時58分】

・・・一部大きな崩れがあります。危険なのでトラロープを張っています。

左側に大岩があります
【10時01分】

危険な箇所を渡って、ザラザラな斜面をトラバースして、更に進みます。左側に大岩がありますが、昔の人が削って道を作ったのでしょうか???

メインの尾根
【10時04分】

さらに進むと、メインの尾根の一部に出ます。ここが内山金山の入り口になります。

上部にテラス群
【10時04分】

この尾根の上部にテラス群が広がっています。

3級基準点
【10時04分】

今回の測量の為に埋めた3級基準点です。このコンクリートの杭も人力で上げました。下からここまで持ち上げるだけで3~4日掛かりました。

石積み
【10時05分】

遺跡の道の谷側には一部石積みが残っている場所があります。

急な尾根
【10時07分】

急な尾根を登って行きます。

テラスに出ます
【10時14分】

すると、このようなテラスに出ます。最終的にはここ内山金山遺跡では50個前後のテラスが発見されました。

Gテラス
【10時17分】

Gテラスです。ここが我々のベースとなっていました。一段下のHテラスにはテントを張って機材類を置いていました。

寺屋敷
【10時20分】

Gテラスより少し上がると通常「寺屋敷」と呼ばれる。内山金山でももっとも広いテラスがあります。ここは文字通り昔お寺があった場所だとされています。

寺屋敷
【10時22分】

こんなプレートもあります。

お寺の跡を思わせる石塔の一部
【10時22分】

お寺の跡を思わせる石塔の一部もあります。

昔の人々の暮らしに思いをはせながら
【10時23分】

昔の人々の暮らしに思いをはせながら・・・。

と、ここでゆっくりもしていられないので、我々が「水場」と呼んでいた場所に向かいます。

Mテラス
【10時32分】

途中に大きな石塔がありますが、文字はまったく読めません。

水場
【10時41分】

「水場」と呼んでいたのは、たんなる沢です。さすがにここまでくると直接沢の水が飲めます。というか飲んでいました(^_^;;

ココからはテラス群を離れて、今回の調査でも最大の発見の坑道跡に向かいます。しかし、このコースは今回のルートの中でも一番困難な場所です。ただでさえ危険な箇所がたくさんある上に、沢沿いはかなりの部分が凍っています。慎重に向かいます。

右岸から左岸へ
【10時47分】

右岸から左岸へ・・・

左岸から右岸へ
【10時49分】

再び左岸から右岸へ・・・

右岸から左岸へ
【10時54分】

またまた右岸から左岸へ・・・

大滝
【10時56分】

すると、大滝にぶつかります。この滝は高さが10メートル近くあり、両側は切り立った岩盤なので、簡単には上部に出ることは出来ません。なので、左岸側に張ったトラロープで垂直によじ登る必要があります。

地面が凍りついて
【10時57分】

本来ならば、簡単にトラロープに取り付くことが出来るのですが、この日は気温も低く滝の側の地面が凍りついてトラロープを掴むことが出来ません。這いつくばってトラロープに手を伸ばしてもどうしても届かないので・・・

4本爪の軽アイゼン
【11時02分】

・・・使うとは思っていなかったけど、念の為に持ってきていた4本爪の軽アイゼンを装着しました。

実は仕事の時は軽アイゼンなんて持ってきていなかったのですが、前日に持っていこうか、Twitterにつぶやいたら持っていくべきだ、というRTを頂いたので持っていくことにしました。その結果、ここを通ることが出来ました。アドバイスをくれた方有難うございます。おかげで途中で撤退しないですみました。

完全に垂直です
【11時03分】

軽アイゼンを装着して、何とか難所を通り、トラロープを掴むことが出来ましたが、垂直の岩盤を5メートルほどよじ登ります。

これは上を見たところです。完全に垂直です。

下を見てみました
【11時03分】

こっちは同じところから下を見てみました。すぐ下に沢があり、人が通れる細い通路は完全に凍っていました。

坑道2
【11時18分】

滝の脇をよじ登り、沢の上部に出て、急な雨裂をよじ登ると、坑道跡に出ます。写真で見るとポッカリと大きな穴が開いていますが、発見当時は20センチ四方程度の穴しか空いていませんでした。専門家に見て頂くとここは坑道跡に違いないと穴を広げてみると、なんと奥行き14メートル強もあるりっぱな坑道跡でした。入り口は狭いですが内部は上下2段に分かれていて、高さも最大で5メートル近くもあります。

しかし、現在は立入禁止になっています。前々日に私たちがネットを張ったんですが・・・。今日は一般人なので立ち入ることは出来ません。というか入れって言われても入りたくないです。入り口は狭く、しゃがんで横にならなければ入れません。しかも絶対に全身ドロドロになりますし、ウィンドブレーカーも岩の角に引っ掛けて破れてしまったこともあります。

この奥にお宝が
【11時19分】

この奥にお宝が・・・(^_^;

沢をよじ登っていきます
【11時23分】

坑道跡を後にして沢をよじ登っていきます。この辺りは沢がいくつにも分かれているので正しい沢を登らなければ崖にぶつかったり、とんでもない所に行ってしまうので注意が必要です。

枯れた谷をひたすら登っていきます
【11時35分】

やがて沢の水も無くなり、枯れた谷をひたすら登っていきます。もちろん登山道なんてものは無いのでなるべく歩きやすい所を選んで進みます。

残雪
【11時38分】

残雪でしょうか? 標高で1800メートル位の所だと思いますが雪がまばらに残っています。

雪が残っています
【11時50分】

山頂から西に伸びる吊尾根の直下はかなり雪が残っています。日の当る所はザクザクと歩けるのですが、日陰の部分は完全に凍っています。先ほど装着した軽アイゼンは付けたままです。結局この日は山頂まで装着したままでした。

ひたすら登って行きます
【12時15分】

ひたすら登って行きます。

なんか広いところに出た
【12時16分】

あれ? なんか広いところに出た・・・

吊尾根の稜線上
【12時16分】

・・と思ったら、黄色のテープがありました。どうやら吊尾根の稜線上に出たようです。

山頂を目指します
【12時18分】

ここまできたらあとはひたすら山頂を目指します。

山頂到着
【12時19分】

山頂ギリギリまで展望がまったく無かったですが、急に目の前が開けたと思ったら山頂到着です。

5人ほどの先客がいました。各自食事をしたり写真を撮ったりしていました。

一等三角点
【12時20分】

一等三角点もあります。さすがに一等ですデカイです。

雄大な富士の姿を見ることが出来ました
【12時21分】

基本的に山頂からの展望はありませんが、唯一富士山の方向だけは木が伐採してあります。この日はちょっとガスっていましたが雄大な富士の姿を見ることが出来ました。

駿河湾や伊豆半島も見えました
【12時22分】

駿河湾や伊豆半島も見えました。

カップ麺とおにぎり
【12時25分】

今日のお昼はカップ麺とおにぎりです。

山頂の全景です
【12時49分】

山頂の全景です。

昼食込で30分程休憩して、下山開始です。

コース上には雪もあります
【12時52分】

コース上には雪もありますが、軽アイゼン無しでも問題ありませんでした。

???
【12時53分】

岩になにやらタイルのようなものが・・・?

開けた所
【12時55分】

開けた所に出ました。

ザックが放置
【12時55分】

ザックが放置(デポ?)してあります。周りに人の気配はありませんが何でしょう???

朝霧高原と下部温泉への分岐
【12時55分】

どうやらここは朝霧高原と下部温泉への分岐のようです。今日は下部温泉へ下るので稜線上を進みます。

地蔵峠から麓へのルートは増水すると通れなくなる
【12時55分】

地蔵峠から麓へのルートは増水すると通れなくなるようですね。

毛無山山頂まで1㎞
【13時13分】

「毛無山山頂まで1㎞」とありますが、ここで稜線上に伸びる道と朝霧方面に下る道とに分かれています。基本的にこのコースはピストンすることを想定しているらしくて、下山方向に指示板はあまりありません。なので、分岐部に来るたびに頭の中の地図を引っ張り出して位置と進む方向を確認する必要がありました。

ここはしばらく悩んだ結果、より踏み跡の強く残っている朝霧高原方面に下りました。運良くすぐ下で10人位のグループとすれ違い(結局ルート上ですれ違ったのはこのグループだけでした)、ルートを確認しました。そのグループも下部温泉方面から登ってきたと言っていました。

再び開けた場所
【13時24分】

再び開けた場所に出ました。

指示板
【13時24分】

数少ない下山を想定した指示板です。

地蔵峠
【13時24分】

どうやらここが地蔵峠です。

富士山方面だけは開けていました
【13時25分】

やっぱりここも富士山方面だけは開けていました。

稜線上を離れて斜面を下ります
【13時26分】

指示板の通り稜線上を離れて斜面を下ります。

ちょっとした平坦地
【13時29分】

すぐに、ちょっとした平坦地がありました。

七人塚跡
【13時30分】

ここが七人塚跡です。ざっと見渡した限りでは何もありませんでした。

水のみ場
【13時30分】

水のみ場もあります。

水のみ場
【13時30分】

すぐ下の沢がそのようです。夏の登りでは重宝しそうですが、この時期でこの水量ならば夏は枯れてしまうのではないでしょうか???

中山金山 大名屋敷跡
【13時33分】

ちょっと行くと再び開けた場所に出ました。「中山金山 大名屋敷跡」とあります。ここが中山金山遺跡ですね。これで一日で湯之奥3金山全て回ることが出来ました。

それにしてもプレートにこれだけっていうのもなんだか寂しいですね。出来ればもう少し解説があってもいいような気もするんですが・・・。せっかく国の史跡に指定されているのに・・・。

中山金山 女郎屋敷跡
【13時41分】

次は女郎屋敷跡です。たしかに茅小屋や内山のテラスに比べると規模が大きそうですね・・・。

地図
【13時43分】

ほぼ最下部に地図がありました。これも下山してきた人のことは想定していませんね。

一応、中山金山遺跡の地図は何度も観てきたので頭に入っているつもりでしたが、やはり現場に立った後に見ると全然印象が違いますね。特に採鉱域との標高差には驚きました。時間があれば行こうと思っていましたが、実際の地形を見たら無理だと思い、この日は断念しました。機会があれば採鉱域にも行ってみたいですね・・・。

檜の植林地をジグザグに下ります
【13時50分】

急斜面の檜の植林地をジグザグに下ります。斜面は急ですが、ジグザグに道が付けられているので歩きやすいです。

山の神
【13時51分】

山の神がありました。

お賽銭やら飴やら
【13時52分】

お賽銭やら飴やら・・・!

大山阿夫利神社
【13時52分】

なにやら見慣れた文字があると思ったら、私の地元の「大山阿夫利神社」のお守りもありました。

広い場所
【14時05分】

急な植林地を下りきるとかなり広い場所に出ます。

自然の中に置いてきていいものはあなたの足跡だけです。
【14時05分】

・・・だそうです。

車も通れそう
【14時06分】

ここで道を間違えました。細い道が続いていたのですが、なんとなく広い道を進んでしまいました。こっちは車も通れそうなくらい広い道です。

シモバシラ
【14時08分】

おお! 高尾山で有名な「シモバシラ」がありました。少しだけ群生していました。

沢
【14時14分】

沢に出ました。ここを渡ると・・・

黄色のテープ
【14時14分】

・・・一応黄色のテープがあるので、先は続いているのでしょう。

荒れた道
【14時17分】

舗装されていますがかなり荒れた道を進みます。

林道に出るゲート
【14時21分】

おっ! 林道に出るゲートだ!

一応前日にはルート確認の為にネットで色々調べていたのですが、こんな所から入っていったというのは見たことは無い? なんか変なところに出てしまったようだ。

沢の下流方向に進んでみる
【14時31分】

とりあえず、沢の下流方向に進んでみる。

広河原
【14時32分】

あぁ! ここは! 恐らく広河原と呼ばれているところです。

広河原
【14時33分】

そうそう、ここです。右奥の林道から来ましたが、本当は左上の登山道から出てくると思っていたのに・・・、どうやら間違えてかなり上流の方に出てしまったようです。

とりあえず、これで道が間違いないことが確認出来たのであとはのんびりと林道歩きです。

無山の中山金山
【14時34分】

以下参照。

毛無山の中山金山

毛無山の山腹には甲斐武将武田信玄の採掘した金鉱の道跡がある、これを湯の奥金山と云う。湯の奥金山は中山、茅小屋、内山の三ヶ所の金坑がありその中最も大掛かりに採掘されたのがこの中山金山である。

金山の最盛期を偲ばせるものゝ中には、中山千軒と呼ぶ土地言葉も伝わって鉱夫等の守護神であった金山神社が七社祀られていた。更に大名屋敷、女郎屋敷、七人塚(墓地)等の地名も今に伝わり往時を偲ばせて居る。

長期に亘り採掘した現場厳しい懸崖の地にあり、坑道跡も僅か十ヶ所前後のものとなっている。

昭和四十年代集落跡から多彩な出土品もありその主なものには安土桃山時代の作品と云われる天目茶碗等の出土品もあった。

又、毛無山山頂に登ると霊峰富士が眼前に展へ遠くは駿河湾、甲府盆地など一眺に望みその風光はすばらしい。郷土の尊い文化遺跡に付荒らさないで下さい。

昭和六十一年三月

下部町商工会村おこし事業
工事現場
【14時40分】

途中で工事をしています。このせいで車は広河原までは入ることは出来ません。

日曜日なのに休工にはなっていませんでした。重機も動いていましたが、挨拶をしながら通ろうとすると機械を止めて通してくれました。

路肩に数台停められます
【14時43分】

工事現場の下部側には路肩に数台停められます。

林道を下ります
【14時52分】

のんびりと林道を下ります。

単調ですが、GPSを見ながら歩いていると直線距離であと150メートル程でゴールかと思いきや、一度大きく迂回する必要があるようです。

こをまっすぐ下れば近そうですが
【14時56分】

ここをまっすぐ下れば近そうですが、先がどうなっているか分からないので・・・

素直に林道を進みます
【14時58分】

・・・素直に林道を進みます。せっかくゴールに近づいたのに180度逆戻りです。

林道を歩きます
【15時02分】

ひたすら林道を歩きます。思っていたより距離があります。

ゴール
【15時08分】

いい加減に飽きてきた頃に、やっとゴールです。

湯之奥村
【15時22分】

少し下ったところの山間部に湯之奥村があります。ここは金山が最盛期だった頃には前線基地のような役割をしていたようです。また、中心部には「門西家(モンザイケ)」と呼ばれる茅葺屋根の家があります。湯之奥金山に関する資料はこの家から出てきたのもがほとんどのようですね。また、昭和に入っても林業が盛んだった頃にはずいぶんと潤っていたようです。

湯之奥金山博物館
【15時33分】

下部温泉駅の近くにある「湯之奥金山博物館」です。湯之奥金山に関してはここが一番詳しいです(当たり前ですね・・・)。何か疑問に思ったり興味がある方は問い合わせれば答えてくれると思います。私も調査初期の頃に一度見学に行ったことがあり、色々な疑問に答えて頂きました。

ルート図(クリックで拡大します)

ルート図
この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)、数値地図250mメッシュ(標高)、数値地図50mメッシュ(標高)、数値地図10mメッシュ(火山標高)、及び数値地図5mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平17総使、第492号)

ルート断面図(クリックで拡大します)

ルート断面図

ルート鳥瞰図(クリックで拡大します)

ルート鳥瞰図

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